2011年02月16日

まあ、俺の話を聞いてくれ

教育について。

「教育」って言葉、そもそも傲慢じゃないのか?

教えて育む訳でしょ?

その「教えてあげる」って感覚が傲慢だと感じる。

子供は教えてあげなくても、自分でちゃんと学べる。

大人や先生は、彼らがちゃんと自分で学べる環境を作ってあげることが仕事なんだ。

邪魔さえしなければいいんだ。「教える」なんてことはしなくていい。

頼むから邪魔だけしないでくれ。

俺は、教育ではなく、「自育」って呼ぶべきだと思う。自ら育む、のだ。

具体的な話をしよう。例えば、俺が教育委員会の会長ならこうする。

先生は授業を教えない。生徒は自分の学びたいことを各自が決める。

A君は北朝鮮での近年の政党政治について、B君はエンゲル係数と景気の動向について、とかそんな感じ。

で、先生はその各自の研究テーマについて、どうやってアプローチして、どうやって掘り下げて、どうやって資料としてまとめて、どうやってプレゼンテーションするか、をサポートする。

当然、生徒の評価は全生徒の前で発表するプレゼンテーションの出来次第。

先生は、とにかく、生徒が学びたいことをファシリテートするだけ。

ま、必要最低限の一般教科は教えるとしても、こういうフォーマットを多く取り入れるべき。

そうすると、「自育」の意味が分かりやすくなったと思う。


歴史教育について。

そもそも歴史の教育なんて、必要なんだろうか?

例えば、中国(韓国か?どっちだ?)と日本では教科書に書いてある日中(日韓?)の歴史の内容が違うという。

そんなことで揉めてるくらいなら、いっそ、歴史なんて教える必要なんかないんじゃないのか?

具体的な話をしよう。例えば、俺が教育委員会の会長ならこうする。

まず、歴史は教えない。必要ない。

その代わり、各国の子供と日本の子供とをスカイプで繋いで、コミュニケーションすることを授業とする。

歴史なんて、大人が自分の都合の良い解釈を押しつける学問にすぎない。

その間違った解釈が子供たちに植え付けられて、やがて偏見が生まれる。

朝鮮への偏見、部落への偏見、黒人への偏見、みんなそうだ。

そんなことに時間を割くくらいなら、その国の子供たちとこの国の子供たち同志で会話すればいい。

今の時代、スカイプという無料で世界中と繋がれるツールがあるのだ。

誰だって、簡単にできる。一切の言い訳は通用しない。

そうすると、偏見のない、ピュアなコミュニケーションが産まれる。

何の前情報もなしに、北朝鮮の子供たちと日本の子供たちが会話をしたら、憎み合うだろうか?



実は、ヒューマニズム、人道主義が実現できるツールが世の中にはたくさんある。

進化していないもの、それは俺たちのマインドセット。

その便利で革新的なツールを使いこなすには、まだ人類は未熟すぎる。


共産主義、民主主義、そして21世紀はインターネット主義が到来した。
posted by コッティ at 14:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 琴魂(コトダマ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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