2008年07月31日

シリコンバレーでの転職率の高さ

先週、突然に米国での現地企業であるビジネスパートナーのVice Presient of Engneeringの立場にある人が辞めることになった。
彼は僕が最もお世話になっていて、尊敬している人物で、彼のおかけで僕も渡米することが出来たと言っていいほど、お世話になっている人物である。
部下からの信頼も厚く、仕事の進め方も素晴らしい。
ただ、最近、システムが不安定であったことも事実である。

自分から辞めたのか、辞めさせられたのか、不明だが、そんなことはどうでもいいと思っている。


僕が感じだことは、
今の状態はずっとは続かない
ということだ。

いい意味でも、悪い意味でも。

だから、今日出来ることは、今日した方がいい。

明日になって、状況が変わってるかもしれないのだから。

特にシリコンバレーでは、それを強く感じる。

昨日あった会社が今日なくなっている、そんなこともあるかもしれない。

自分を取り巻くこの環境は、いつまでこの状態であり続けるのかは全く不明だ。
だから、この瞬間を思う存分味わって、そして出来る限り行動し続けたい。

そんなことを強く思った今日この頃である。
posted by コッティ at 03:59| サンフランシスコ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | シリコンバレー永住への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月17日

日々の気づき〜考察・矢沢永吉

まず言っておくが、僕は矢沢永吉の大ファンだ。もちろん、ファンクラブも入ってるし、16歳から永ちゃんのコンサートには通っているので、18年間、ファンだということ。
そして、僕の生き方に多大なる影響を及ぼしている。

下記のリンクは、矢沢永吉の半生を自ら簡潔に語っているので、ぜひ参照してもらいたい。

朝日新聞掲載:矢沢永吉が語る仕事 全4回
第一回
第二回
第三回
第四回



ここで、永ちゃんの素晴らしさを整理したい。

■成り上がりスタイル
貧乏で両親のいない少年時代は有名な話で、それから高校卒業後、夜汽車に乗って横浜まで上京し、キャロルでのし上がってきた話はよく知られていることと思う。その生き方に多くの共感を覚え、絶大なる人気を誇ったが、これは矢沢永吉のほんの一部でしかない。
自伝小説「成りあがり」は大ヒット。

■アーティストとプロデューサーとビジネスマン
矢沢永吉は、アーティストとプロデューサーとビジネスマンの一人三役をこなす。
アーティストの矢沢永吉をどうやってメディアやコンサート上で表現するかを考えるもう一人のプロデューサー・矢沢永吉。そして、彼らをビジネスマンの矢沢永吉がコントロールしている。
そういうアーティストは、日本にいなかったため、ソロデビュー後は数々の誤解を生む。そして、意図せず数々の敵を作ってしまうが、それらの敵にも最終的には勝ってしまうその姿に、ファンは自分を照らし合わせてしまうのも、矢沢永吉のファンの特徴である。

■軸足と遊び
矢沢永吉の軸足は、ロックである。30年以上も、同じペースで音楽を続けている。ここで言うロックとは、春にアルバムを制作し、夏に発売し、秋から年末にかけて全国をツアーで回る活動のこと。
そのほかに、遊びの感覚、「反対の論理」(ロックの矢沢が対極のことをやるとおもしろいという理屈)で取り組む活動がある。それは、年によって異なるが、BOSSのコマーシャルに普通のサラリーマン役で登場する頃から、この活動が一般の目に見える形で露出されはじめた。
「矢沢は軸足がしっかりしてるから、遊んでもいいのよ。それが新しい扉になることもある」とは、矢沢談。
あくまで、軸足がしっかりしていて、その上での遊びであることに注意。

■アメリカ挑戦
20代後半で日本のロックシーンを確立し、その頂点に君臨したとき、「あれ?欲しいモノは全て手に入ったけど、これ、なんか、違うな。俺、ハッピーじゃないぞ?」と気づき、逃げるようにして日本を出た。そして、アメリカで見た新しい世界。それは、日本のロックより断然次元が違う本場アメリカのロックだった。
それから、アメリカへの挑戦、イギリスへの挑戦などが始まる。
しかも、通訳やエージェントを一切通さず、全て矢沢永吉自身がカタコト英語で交渉した。

■50歳以降
59歳の現在でも、現役バリバリの永ちゃん。
50歳以降は、「サンキュー」の矢沢と言ってもいいかもしれない。心の充実感が垣間見える言動が増えてくる。「あれが欲しい」という欲の時代から、「幸せだ」と感じることのできる感謝の時代への矢沢永吉が移行したことがはっきりと分かる。
感謝の時代を象徴する「アー・ユー・ハッピー」(「成り上がり」の続編的位置づけ)も刊行。
50歳以降の最も賞賛に値する活動は、「Yazawa Classic」である。これは、矢沢版アンプラグドであるが、オリジナリティーを追求する矢沢永吉は、最終的に総勢70名のクラシックオーケストラとロックが融合する素晴らしい舞台を作り上げた。

■グレイトなマンネリ
気がついたら、矢沢永吉の毎年のスケジュールは、ある程度、固定されたスケジュールが出来上がっていた。またライブパフォーマンスも、ある程度、固定化されてきた。
これを、矢沢は、「グレイトなマンネリ」と呼ぶ。1年間、固定化されたスケジュールと、そしてそれ以外の部分の余裕のあるスケジュール。固定化されたスケジュールの中では、矢沢永吉の「軸足」を追求し、余裕のあるスケジュール部分で、「遊び」「新しい扉」に挑戦するスタイルが自然と創出された。
言い換えるなら、「グレイトなマンネリ」とは、「いくらやっても飽きない最高のスパイラルと生活リズム」と言えると思う。
僕もそういうスタイル、自分なりの「グレイトなマンネリ」を早く見つけ出したいと思う。



永ちゃんのモチベーションの根本は、「もっと上へ」という欲望である。
「音楽でもっと上に行きたい」
「もっと有名になって、稼いで、ビートルズみたいになりたい」

ここで言う「もっと上」とは、結局、自分の成長ということになると思う。

音楽は矢沢永吉にとって「もっと上に」行くための一つの手段でしかなく、矢沢永吉の本当の目的は、「上に行くこと」であったと思う。

だから、永ちゃんのファンは、年末の武道館に毎年足を運び、ライブ終了後、一人残らず「永ちゃん、ありがとう。俺もがんばるよ!」といって来年のコンサートを楽しみにするのである。

残念ながら、今年は初めて永ちゃんのコンサートが行われない。デビュー以来、34年間全速力で走ってきて、今年が初めてのお休みなのだ。
僕たちは、休みすぎなんじゃないだろうか?

それはさておき、永ちゃんは「ビジョン型」の人間であることが分かっていただけたと思う。
※ビジョン型については、過去の記事を参照下さい。
posted by コッティ at 08:14| サンフランシスコ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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